Cross Cultural

電車は遅れない

だいたいにおいて、日本人が几帳面すぎるという反応がかえることになるが、電車が遅れるのが当たり前という感覚をフランス人らしいというのは、どう考えてもステレオタイプにすぎないかとも思う。フランスでも電車は遅れないように運営されており、遅れることを当然ととしているわけではない。TGVが1時間も遅れればお詫びもするし、アンケートを配ったりもする。あまりに長時間の遅れともなれば、サンドイッチの弁当が渡されることもあるという。遅れる頻度が日本より高いというだけのことである。

ただし、それでも人が遅れを許容するかどうかは別である。理解していても、あるいは最初から諦めていたとしても、自分が当事者になれば、それを当たり前と考えないのが人である。当事者としてひととおりの苦情を言い、どうにかならないかと尋ね、なす術がないとなれば、「これがこいつらの問題なのだ」とあたり構わずぼやく。そして最後に、これがこの国なのだと理解する。それが実際のところである。

事実、12時間のフライトのあとで1時間半のTGVの遅れをなす術もなく待ち、ようやくのことで乗ってもさらなる長旅が待っていたと愚痴をこぼしてみれば、「それがフランスである」と悟りとも思えるひとことの後には、自分がいかにひどい目にあったかを語る人も多い。諦めているのであって、当然と考えているわけではない。そのあとに、どうして遅れが多いのかを分析する人が多いのもまたフランス人らしいが、それもまたステレオタイプな見方なのだろう。

フランスでなくても定刻通りに事が進まないと言われる地域はたくさんある。
かつて、マイアミを訪ねた際には、そこで日本人向けのピックアップサービスだか観光案内サービスだかをしている日本人が、似たようなことをぼやいていた。マイアミでは時間を守らないのが当たり前であり、人は怠けてばかりいると。本当のところは分からないが、少なくともひどくイライラするような目に遭うことはなかった。帰りにマイアミから飛ぶ飛行機が1時間以上も遅れたが、ニューヨークからの便が着かないために、乗り継ぎ客を待っただけのことである。恐らくは、住んでみればわかるのだろう。

English: The main Terminal at Seattle-Tacoma (...

カナダ人から教えられたが、シアトルも時間にルーズだそうである。安かったという理由で、シアトルで乗り継ぎで日本からバンクーバーに飛ぶよう手配をしたのは自分であるが、その乗り継ぎは快適とは言えないものであった。そもそもアメリカでの入国が速いBlue Laneよりも普通の列の方が人もいないし審査官も多いというのに、あくまでもBlue Laneに並べという。案の定、1時間近く経ってもいっこうに列は縮まらず、結局は他の列に誘導されたが、乗り継ぎ便まで1時間と残っていなかった。
乗り継ぎ便のターミナルまでは、なかなか来ない地下鉄かバスである。シアトル・バンクーバー間は近距離路線なので、小さな飛行機が多く、ターミナルは離れている。入国が遅れたため、係の人がバスで急げと言うので行ってみたが、バスは時間になっても一向にアナウンスされない。真下に見えるバスだそうだが、運転手は電話を延々としているだけである。となりにいたカナダ人が係員に聞いてみるが、動かないという点では何も進展もない。
しばらくして、運転手は、さっさとバスに乗り込むと、車を出してしまった。何かのトラブルかと新しいバスが来るのを待ったが、それも来ない。件のカナダ人が痺れを切らして近くの係員にくってかかった。彼から聞いたところによれば、バスの運転手はプライベートな電話で何かもめていたようで、時間を大幅に過ぎたから次の仕事に行ってしまったということらしい。
「ガールフレンドと喧嘩してたんだろうよ。」
というのが彼の見解である。ガラスの先の駐機場を見ながら
「シアトル、シアトル、シアトル。」
と言うと、何処かにいなくなってしまった。
自分はといえば、30分後にようやく乗り継ぎカウンターにたどり着き、自分が乗るはずだった飛行機が、軽々とローリングテイクオフするのを眺めてから、次の飛行機に乗る交渉をすることとなった。シアトルは、かつて本社がおかれていたボーイングのお膝元である。

さて、1時間半の遅れをどうにか乗り切り、日本を出てから24時間移動の後でホテルに転がり込んだ旅の帰りである。行きと同様、10分前までプラットフォームの番号が決まらないのを分かっていながら5分毎に電光掲示板を確認し、ひどくやきもきして待ち続けた割にはTGVはあっさりと定刻通り発車した。あっという間に街並みは見えなくなり、人の気配は遥か後方である。ただひたすら牧草地が広がり、時折り遠くに教会が見える以外は変化はない。せいぜい牛の代わりに羊が現れる程度の違いに興味を覚えたりもするが、10分もすればそれも変わらぬ風景となる。
何ら変化もなく淡々と進むと、走っていることが平常となる。揺れも景観も何も感じないかのように頭が停止したようにすらなってくる。果たして、TGVが静かに停車しても何も感じることもなかった。同じ車両に乗り合わせたフランス人も誰ひとり変化がない。先刻よりノートPCで仕事をしているビジネスマンは変わらずキーボードを叩き続け、iPhoneでビデオを見ている男性はまるでロダンの彫刻のように同じ姿勢で固まったままである。TGVはそのまま10分ほど停止した。

TGVが止まったまましばらく動かないことは度々あることである。もちろん、連結待ちのため、駅で予定を超過して停車するという類が多いが、何もない野原で停車することもある。10分の停車は普通にあると考えて良い。そもそも、飛行機であれば、離発着時間は駐機場を離れたり着いたりする時間と言うのが正しく、離陸や着陸の正確な時間には意味もない。ましてや、荷物を預けていたりすれば、その荷物を受け取る時間に興味があるのであって、運行時刻に関心はない。だから、近距離便であっても10分程度は誤差である。地下鉄や通勤電車ならまだしも、長距離列車であれば、10分は誤差である。違うのは、その誤差と考える時間が、人よって10分の場合もあれば30分の場合もあるという程度のことである。気になる人は、予定時間の1時間前に行くようにすれば良いし、フランス人らしく、30分の遅刻は誤差だと考えても良い。電車は遅れないのである。少なくとも、そのときまでそう考えていた。

10分少々の時間が何事もなかったように経過して、TGVは極めてゆっくりと走り出した。なおも誰ひとりとして変化がない。そして、いつものように、車掌からのアナウンスが入る。その途端、社内が一斉に「ブー」と唇を鳴らした。まるで全員が練習したかのようである。フランス人は、なにかしらひどい話をきいたりすると、唇を震わすように息を吐く。偏見かもしれないが、あまり意味もなくやたらと頭を下げる日本人と似たような程度には正しいと思っている。そのような「ブー」という音が一斉に聞こえたら、何かあったと考えるのが正しい。とは言え、挨拶程度のフランス語しか分からないので、聞き取りにくい社内アナウンスなど呪文の域を出ない。仕方なく英語のアナウンスを待ったが、結局いつまで待ってもその気配はないままであった。
少しして、ノートPCで熱心に仕事をしていたビジネスマンが気を遣って聞いてきた。
「今のアナウンスは理解できましたか?」
もちろん分からなかったので、説明してもらえますかと丁寧に尋ねた。
「どこまで行きますか?ああ、シャルル・ド・ゴール空港ね。なら大丈夫。前の電車が遅れたので、安全のため隙間を開けるために止まったんそうです。次の駅の乗り継ぎが出来ないというので、みんな困ってるけどね。」
程なくして駅に停車したTGVからは、沢山の乗客が降りていった。空いた席には入れ替わりで再び多くの乗客が乗り込んできたところをみると、乗り継ぎの多い列車だったのだろう。
「10分の遅れはフランスでは普通のことですよ。」
件のビジネスマンが続ける。
「そうですか、1時間以上も遅れましたか。まま、よくあることです。」
電車は遅れることもある。

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