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A Book:ドナルド・キーン自伝

20130413-001たとえば子供の頃に出会うエジソンの伝記や大人になって読むだろうカエサルの「ガリア戦記」は、偉人伝であったり個人の記録であったりする違いはあるものの、「歴史」の一部を成す遠い話としてそこにある。エジソンの伝記とガリア戦記の時代には、2000年という時の隔たりがあっても、身近とは言い難い第三者的な距離感という点で現代人には等しく歴史なのである。

もちろん、エジソンの伝記それ自体が歴史というわけではない。むしろ、親が幼い子供に与える夢のようなものでもあろう。また、カエサルがガリア戦記を書いた時、それがそのまま歴史であったというわけでもない。今読むから歴史なのであって、書かれた時は、報告書のようなものであったかもしれない。それが自伝的記録でも日記でもなく三人称で書いてあるのは、筆写しかない時代とはいえ、ただ、読まれた時の効果を狙ったということなのかもしれないし、その時代の書き方なのかも知れない。私には、残念ながらその領域の知識がないので何とも分からない。マルクス・アウレリウスの自省録に主語が欠けているような、その時代の形式なのだろうか。

ともかく、今、それは歴史である。歴史であるから、多くの読者がそれを読む。そして、現代において我々がそれを読む時、読者は、映画でも見るような第三者視点の渇いた生々しさで歴史を目撃することになる。

一方、現代において今書かれた自伝は、歴史ではない。評価が定まっていないなどと評されることもあるが、要は、個人的な記録である。それは個人的な体験であり、第三者的な視点が入り込むことはない。それにもかかわらず、時折、歴史書でも読むように時のうねりを感じる自伝が稀にある。ドナルド・キーン自伝は、そのような稀な自伝である。

言うまでもなく、ドナルド・キーン(Donald Lawrence Keene)は、もはやキーン氏と敬称をつける必要性がないほどに広く知られた存在である。日本を代表する文学者のひとりであり、これまで積み重ねた様々な人との出会いと体験とが歴史の一部であると言っても誇張ではないだろう。それでもなお、自伝すなわち歴史ではない。恐らくは、日本との関わりそのものの中に通奏低音のような一貫した流れがあるからだろう。それは、乗り物のようなものでもあり、時に激しく揺れ、時にしばらく動きのないように思われる瞬間があり、それでも動き続けているようなものとでも言うべきか。

もしかすると、他人の手紙でも読んでいるような気になりながら、ドナルド・キーンの目で同じく追体験をしているからなのかも知れない。随所に出てくる文筆家との出会いがそれを強めているということもあろう。川端康成、三島由紀夫、安部公房と日本文壇を彩る名前が身近な存在として次々と出てくるのは、分かっていても驚きを禁じ得ない。だが、お叱りを覚悟で言えば、その主役は、キーンが読んだ名もない兵士の手紙であり、日々出会う人々なのだろう。

キーンは殊更に自らの幸運を強調するが、本書を読む限り、それは偶然の作用はあっても幸運などではなく、行動力と人柄から得たものである。名もない兵士の手紙を読むことになるのは予期しない偶然あっても、それをどう読んだかは偶然ではない。出会う人は選択出来ないかもしれないが、そこで得たものは偶然ではない。ただ、そうして出会ったものとの作用に時代の大きなうねりが重なりあって、キーンが幸運と言う一貫した流れがあるのだろう。

原題に自伝という文字はない。あるのはクロニクル(年代記)という幾分客観的な単語である。キーンは、今では古風なと形容することも可能な日本的謙遜(あるいは謙譲の美徳)を日本で生まれ育った人よりも身につけており、まさにそうした文脈でとらえたほうがよいのかもしれない。改題したのが本人か出版社か分からないが、キーンに興味がある読者はもちろん、キーンの目を通して昭和を感じるにも良い。

そして何よりも、一度読み始めれば先が知りたくなる作品である。

最近読んだ本

ドナルド・キーン自伝 (中公文庫)
ドナルド・キーン 著

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