Cross Cultural

サービスの対価

20130824-001

This article was written only in Japanese.

その土地の水が飲めるかどうかは、飲む側の状況による。旅先で飲まないほうがよいと言われれば素直に従ったほうがよいが、その一方で、飲まないよう勧める土地の人は日常的にその水を使っていたりもする。水が合うとはそうしたことなのだろう。

その時も比較的問題ないフランスだったが飲まないほうが無難と言われ、そこに着いたばかりだったこともあって、ミネラルウォーターを買うことにした。夜は7時を回っており、どのスーパーも閉店したあとである。探せば夜も開いている小さな店が少しはあるが、長旅で疲れた身体を引きずって探し回りたくはない。コンビニがどこにでもあるのは日本だけだろう。ヨーロッパだと、ファストフードもほとんどない。そこで閉店間際のカフェに飛び込んだ。

20130824-002スーパーも閉まった後で水を買うのに一番簡単なのは大きな駅のような例外的に開いいる場所で買うことだろうが、カフェか道路にまでテーブルを出しているカジュアルなレストランに頼んでボトルを譲ってもらうという手もないではない。若い人が集まる店がよい。ボトルを冷蔵庫から出してグラスとともにポンっとカウンターに置くような店ならすぐに売ってくれたりする。ただし、500mlくらいのボトルを2本買ったら5ユーロというのも当然と思わなければならない。時には10ユーロだろう。スーパーで2Lのボトルを買えば1ユーロしないというのにだ。

考えてみれば、至極当たり前のことである。日本だって、スーパーの安売りが一番安く、コンビニは少々高い。ましてや、レストランに頼んでミネラルウォーターを分けてもらえばひどく高いに違いない。少しまともな店なら丁重に断られるだろう。価格というのは商品そのものの価値で決まるというより、受ける価値で決まるものである。ホテルで備えているミニバーでも高くつくし、コンシェルジュに頼もうにもそれが出来るのは高いホテルだけだ。高いホテルはその優れたサービスが価値なのだから仕方ない。

そう考えると日本はつくづく便利な国だなと思えてくる。人が多く住むところなら、コンビニを見ないで過ごすことなどあり得ないし、値段も馬鹿高いことはない。だが、一方で時々感じるのである。本当にサービスに対する正当な対価なのかと。

20130824-003ヨーロッパでは、概してスーパーの生鮮食料品は好まれない。もちろん、多くの人がスーパーで買い物をしているし、カルフールの生鮮食料品は、まるで市場で売っているかのようにパッケージにも入れられずに棚に山積みになっている。キロいくらの表示なので値段が安いか高いかよく分からなかったりするが、フランス人が言うにはそこそこ安いそうである。ついでに冷凍食品も巨大なミネラルウォーターのパックも買えて便利なのは日本以上かもしれない。

一方で、多くのひとが週末や水曜日の市に出かけて野菜を買い込んだりもする。大きな市なら肉や魚も豊富である。さすがにミネラルウォーターのパックや冷凍食品までは売っていないが、新鮮な野菜やチーズが試食とおまけ付きだったりするので、充分にチェックして買う事も出来る。週末なら朝の散歩にちょうどよい。

しかし、件のフランス人が言うには、スーパーより確実に高い。カートもないから大量買いにはトロリーバッグが必須だ。それでも品質がよかったり、少なくとも自分の目で選べたりとメリットが大きいのでよく行くのだという。大量仕入れというスーパーの価格優位性はあるものの、物流コストや人件費を考えたら生産者に近い市の商品は安くて当然のように思えるが、実際には市のほうが高い。その高い市で彼は野菜を買っている。新鮮で美味しい野菜により高い対価を払うのは当然だと。

勝手につまみ食いする人もいる市である。値切れば安くなったりするし、「これ食べてみて」とおまけがついたりもする。「来週も店出してるから美味しかったら買ってね。」というところか。逆に「先週の美味しかったよ」などと言うと、翌週には準備して待っててくれたりもするらしい。今週は違うものが食べたいと思ったけど、まぁまた食べるかというのは実際に聞いた話である。特にフランス固有の状況ということではない。日本だって昔の商店街だったら買う時に、ひとしきり話をするものである。スーパーで買う事が当たり前になって、そうした風景が少なくなっただけのことだ。

違うのは、寧ろ、スーパーは短時間で必要なものが揃って便利だから使うのであって、出来れば小さな店で新鮮な食品を買いたいと考える人がフランスには多くいるらしいということだろう。そのためには多少高い対価を払うのも当然だと考える。カフェだって良い席が高いのは当然だし、よくサービスしてくれたボーイさんにはチップをはずむだろう(フランスはチップが必須の文化ではない)。良いものには対価を払う、そうした社会的合意がどこかで成り立っているに違いない。出来ることではなく、出来たことで価値が決まると考えると、どこか納得のいく感覚である。

とはいえ、対価を素直に払わないのもフランス人だろう。品物が良くても言うことは言う。「もっと安くならないの?さっきのほうが大きかったじゃない。」

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s