Art

東京都庭園美術館

201403-060-teienThis article was written only in Japanese
この記事は2014年春に書かれたものです。

東京都庭園美術館Tokyo Metropolitan Teien Art Museum)は、リニューアル・オープンに向けて長期閉館中。老朽化した建物を直して近代化するとか、展示を見やすくするとか、色々な理由で美術館も改装するが、どうやらここは少し違う。2014年のオープンが待ち遠しい。

美術館には絵や彫刻などを楽しみに行く。企画展が好みの画家だったりすると、単に画家の作品を見るというだけでなく、画家の人生を知り、画家の生きた時代の空気を吸いに行くことも目的となったりする。だから、絵を見る行為は、画家と時間や空間を共有する行為ですらある。少なくとも、そうでありたい。美術館の学芸員のかたは展示室の片隅で、静かにその橋渡しをしてくれている。時には200年前の気難しい画家に紹介状を書き、時には同時通訳のように、難解な言葉を絵の並び順や小さな説明書きで平易な言葉に翻訳してくれる。そうやって、我々は、作品と出会うことが出来る。だからこそ、我々は美術館に絵や彫刻などを楽しみに行く。

だが、その美術館は少し違う。単に絵を楽しみに行くのではない。美術館そのものに会いに行く。美術館そのものが作品であり、その庭園もまた目的となる。それが、東京都庭園美術館である。

201403-061-teien門をくぐり、建物の玄関口へと続くアプローチから美術館の楽しみは始まっている。都心とは思えない緑のトンネルを歩きながら、これから出会う作品に思いを馳せる。チケットを買うといった実務的なことよりも、どんな作品があるかと考えるよりも、その場所に近づくことにワクワクする。そうして歩きながら、ふと鳥の声に気付いて空を見上げる。そんな、アプローチなのである。そして、一見、コンクリートの味気ない建物と思えた美術館が、近付くにつれ急速にアートへと変貌する。

旧朝香宮邸を改装したその建物は、車寄から中に入ろうとした瞬間からラリックのガラスに圧倒されることになる。内装は、アンリ・ラパン。アールデコが好きならばもちろん、そうでなくとも驚くはずである。どこを見ても、いたるところに作品が置かれているような感覚に襲われる。吉田茂公邸や迎賓館など、歴史を見続けた建築とはそうしたものなのか。

201403-064-teien美術展の期間中は、そんなアートそのものの内装に絵を直接飾ることもできないからだろう、本来の壁の前に展示用のもう一枚の壁を設置して絵を展示する運用を行っていた。そうなると、残念ながら壁の装飾など、建物がもつアートは半分以上見えない事となった。だから、美術館そのものを見たい人は、企画展を訪ねる他に、年に1〜2回程度行われる建築そのものの公開が楽しみとなっていた。その日ばかりは展示用の壁も動線の制約もない。自由に巨大なアートの中を歩き回れる数少ないチャンスだからである。

もちろん、建築の視点において、企画展が楽しめないわけではない。その建物の様式にあった企画展を見ていると、いつからか天井の灯りと展示された作品に境目がなくなり、最初から意図していたかように思われることもある。小さく落ち着いた空間は、印象派の陽光輝く絵よりもフランドル派の牧歌的な絵が合いそうであるし、コンテンポラリーな造形がしっくりするようでもある。そうやっていろいろと想像しながらアートを楽しめるのも建物自体が庭園美術館を訪ねる理由となっている。

建物に興味があると言っても、人それぞれ異なる好みもあるだろう。

201403-062-teien建築の面白さは、それが実用品であり、そこにいる人に何らかしらの「気分」のようなものを与えるものでもある、というところにあるかもしれない。ひとがそこに包み込まれる「もの」であるから、単に綺麗だではあり得ない。コルビジェ好きなら、きっとそう考えるのだろう。住む以上は住むことが快適でなければならないし、手のかかる届きやすいところにものがあるといった利便性も重要だ。どれだけ美しい内装であっても、温度管理ができないようでは困る。冬は暖かな場所であってほしいし、夏は涼しくあってほしい。窓の向こうには四季があって、住むなら落ち着く場所であってほしい。

日常と異なる空間を感じることが目的なら、それにはそれで、違った条件があるだろう。むしろ、短時間で移動したくなるような落ち着かない空間がほしいということだってあるかも知れない。

201403-065-teien人によっては、建築への興味は、建物そのものではなく、壁紙の絵柄だったり灯りだったりするかもしれない。この腰壁の紋様といったら!などと見て回るのが楽しみということもあるだろうし、各部屋の灯りを見て回るのが楽しみということもあるだろう。面白いのは、電灯が登場するのはつい最近になってのことであって、古い建築ででは電灯そのものに注目しようがないということだ。その点、旧朝霞邸は、公的立場が強いとは言え人が住む場所であり、近代に建てられた建築である。ありとあらゆるものが、現代に近い等身大の造形としてそこにある。

201403-070-teienラリックやラパンに圧倒されながら歩きまわる一階に比べると、二階は少し気持ちの余裕ができる空間でもある。ようやくラジエターカバーの紋様に目がいったり、排水溝の蓋の紋様を見たりする余裕が出来てくる。ふと窓から眺める外の風景もまたこの建築の設計の一部なのだろうとさえ思えてくるのだ。ラジエターカバーも、窓と一体化して見えてくると少し違って見えてくるというものである。

201403-076-teienサンルームの大胆だが落ち着いた空間はどうだろう。人工的な市松模様のタイルと庭なのか建物の中なのか判別することを無意味にする区切られた空間。それでいて、サンルームには、明らかに室内から儀式を経るようにして移って行く緻密な設計。現代にこれを作ろうとすれば、それはテーマパークでしかないのかもしれないが、ここに家族や友人が揃ってちょっとしたパーティでもすると想像した瞬間に、それは間違いなくプライベートな空間でもあるのだ。

201403-068-teienともあれ、都会の方程式に毒され、巨大でモダンで騒がしい空間を基準に考える癖のついた現在にあって、都会の中に静かに残された小さな建築が(それは決して小さくはないのだが)、それ自体を静かに主張するだけで密かに存在し続けていることを感謝すべきなのだろう。

201403-077-teienところで、昔から東京都庭園美術館に通うひとにとっては、もうひとつの楽しみがある。その名のとおり、庭園である。庭園と言っても、特に大きな庭があるわけではない。四季折々の植物を楽しむ程度には十分な庭があるという程度である。植物園や大きな公園に行きたいならいくらでも他に選択肢はあるだろう。だが、公園で過ごすことが目的なのではなく、ゆったりとした時間と豊かさを求めて美術館を訪ねるなら、それは別なことだ。好きな絵をみて小一時間過ごしたあとに、都会のなかの緑の空間で四季を感じながら散歩するというのは、他では出来ない。だから、小さな文庫本を抱えて美術館を訪れ、絵を観たら今度は芝生に寝っころがって本を読みたくなるのである。

東京都庭園美術館は、JR山手線の目黒駅から徒歩10分。少々騒がしくて狭い歩道を暫く歩くことになるが、首都高をくぐればすぐなので、分かりやすい。

東京メトロ南北線・都営三田線白金台駅 からなら徒歩5分。

※現在は、長期休館中です(2013年12月現在)

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