Bonne journée, Photo

Cafe Everest 4


201702-111

時は過ぎるのではなく、
いつも同じように繰り返し刻まれるもの。
時は流れるのではなく、
いつも同じ方向に繰り返し過ぎ行くもの。
昨日と今日を分け隔てるカフェのテーブルは、今そこで目に見えないほどのかすかな傷として新たな時を刻み、
プロジェクターが放つ光子の放列は、ハードディスクの上の磁気のゆらぎとして今日の証を刻む。
遠くどこかで上げられた象の足は、次に下ろされた大地にわずかな足跡を残し、
時と場所を隔ててキースジャレットのピアノと共に、カフェの汚れた空気を震わせる。
テーブルの傷は、やがて次の汚れに紛れ、
ハードディスクの磁気はやがて明日の議事録共にどこにもない場所に押し込まれる。
繰り返し刻まれる時の風化。繰り返し過ぎ行く時の記憶。なんども繰り返し過ぎた時間だけが象の歩む道のように現れる。

見慣れないネパール料理をひとくちだけ味わい、バッグの奥のスマートフォンを探し出し、象の置物に目をやって、明日の乾いた空気を吸い込んだ。
LEDが反射するガラスの板には、無数の指紋ともう3週間待っていたメールの2行の欠けらがあった。23時の便でこぼれ続ける明日を拾いにパリ行くと。ナポレオンが過ぎた門もガラスと鉄の屋根もジュラルミンの羽音も、いつまでもセピア色が街を覆い続けるのが慣わし。余所者がそのセピア色を塗り替えるのもまた慣わし。進んでいるのか留まっているのか分からなくなったパリの仕事のパートナーへの愚痴は、9か月続いたある日の夜に急によそよそしく違う話題へと変わり、やがて黙りこくった3週間が訪れた。しばらく連絡できないと。スマートフォンをバッグの底に隠すようにしまい込み、少し冷えたコーヒーを自分のどこかにあるはずの胃に押し込んだ。
会計を済ませ、冷たい夜への出口をこじ開けると、足元に貼り紙が落ちた。「あなたはここから入りません。」確かにそうあった。今日と明日の境界線は象の足跡のように曖昧にぼんやりと消えつつあった。


最後の部分がどうしても思い通りにならず、すっかり時間が開いてしまった。付き合っていただいた読者の方も、もはや全体像が分からないだろうから各回へのリンクを貼ろうと思ったが、前半部分にもすでに僅かな修正を加えてしまっている。そんな状況だから新しいページ(Cafe Everet)を用意してみた。できることなら最初から再読して、辛辣なコメントでもいただければ幸いである。ひとりよがりな仕掛けも、この後に構想している続きも、生み出すのが思いのほか苦しい全体のなかの一部。たとえアクセスログの小さな数字でも大きなモチベーションにつながるに違いない。

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1 thought on “Cafe Everest 4”

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